令和8年7月 境港市中浜地区



【境港市指定文化財「地引網絵図」を守る・日御碕神社】
最初に訪れたのは、長い参道がまっすぐに伸びる「日御碕(ひのみさき)神社」。ここで宮司の門脇豊文さんにお話を伺いました。



こちらの神社には、境港市の指定文化財に登録されている明治36年奉納の「地引網絵図」と、昭和10年奉納の「まぐろ漁絵図」という2枚の大変貴重な絵馬が大切に保管されています。
明治の絵馬には鮮やかなブルーの海と、大勢の大人たちに混ざって一生懸命に地引網を引っ張る子どもたちの姿が生き生きと描かれています。絵の中に描かれている「手を繋いでいる男の子の1人が自分(幼少期)だ」と語られていたという、地域に根ざした温かいエピソードも残されています。
特に昭和7年から11年にかけて、この弓ヶ浜半島では地引網漁が盛んに行われており、マグロが大漁だったと伝えられています。昭和10年の絵馬には、砂浜に引き揚げられた巨大なマグロを男たちが鍵棒で引っ張り上げる、大変活気ある当時の様子が記録されています。
この海がどれほど豊かであったかを今に伝える歴史的な資料です。



【笑いと方言を届ける“境弁”のベテラン女優・木村洋子さん】
続いてお邪魔したのは、境港市中浜地区でお馴染みの「あいきょー会」のメンバーのご自宅です。木村洋子さん、今泉広子さんとともに、息の合ったお話を伺うことができました。


木村さんたち「あいきょー会」の5人衆は、30年以上前から、地元の言葉である「境弁(浜べん)」を用いた寸劇を各地で披露されています。(令和8年7月現在)
活動のきっかけは、全国から様々な地域をバックグラウンドに持つ人々がこの中浜地区へ移住(嫁入り)されたことでした。このままでは地元の言葉や文化が消えてしまうのではないかという危機感から、「おら(私)たちのネイティブな浜べんを残そう」と一念発起されたそうです。
台本は一切なく、なんとすべてが「その場のフリとアドリブ」で繰り広げられるというから驚きです。即興だからこそ生まれるリアルな緊張感と笑いが、見る人を深く惹きつけています。
今泉さんは九州のご出身で、最初は浜べんがまったく分からず「わけがわからない(あやがない)」状態だったそうですが、周囲に誘われて「あいきょー会」に加入。今では寸劇の合間に見事な踊りを披露し、舞台をさらに華やかに彩っています。
「健康の秘訣は、とにかく心を躍らせること。見ているみんなに涙を出して笑ってもらい、拍手をしてもらえることが一番の生きがいです」と語る木村さんのパワフルな笑顔が印象的でした。
次の発表の場は8月。
「あいきょー会」への出演依頼は中浜公民館に、とのことです。






【つまようじの極細美に挑む・ミクロの彫刻職人・吉村尚久さん】
続いて出会ったのは、一見すると少し変わったご趣味をお持ちの吉村尚久(よしむら なおひさ)さん(84歳)です。なんと吉村さんは、私たちが日常的に使う「つまようじ」の先端や根元を使い、カッターナイフ一本で超ミニサイズの彫刻を施してしまう驚きのスゴ技の持ち主! ご自宅の作業場を見せていただくと、そこには驚くべきミクロのアート世界が広がっていました。つまようじのわずか数ミリの幅に削り出されているのは、なんとリアルで美しい女性の「裸婦(ラフ)像」!
少しでも力を入れすぎるとすぐにポキッと折れてしまうため、ヘッドルーペ(拡大鏡)を装着し、指先の絶妙な感覚だけを頼りに集中して削り出されています。 元々は趣味で木彫りの仏像や地蔵尊などを彫られていましたが、40年ほど前(35〜40歳頃)にテレビで外国の人がつまようじでキリンを彫っているのを目撃し、「これくらいなら自分にも彫れる!」と一念発起して挑戦し始めたのがきっかけだそう。今ではキリンの斑点まで細かく着色された作品や、人気キャラクター、小さな七福神、さらにはリアルなタコやイカ、折り鶴まで、虫眼鏡で覗き込みたくなるほど精巧なモチーフの数々がケースにずらりと並びます。近年はカエルなどをモチーフにした可愛らしい木彫りの「根付(ねつけ)」作りや、隠岐の「後醍醐天皇隠岐の俳句大会」で大賞を受賞するほどの俳句の才能まで発揮されるなど、まさに多才でパワフルな中浜のレジェンド。約40年間、真摯に木と向き合い続けてきた職人の情熱と遊び心に触れる、感動の出会いとなりました。


2009年、初代才ノ木の松かさから芽がでたものを移植されました。




【池田屋】
16年前にオープン。
店内にステージが!?
人気の豆腐サラダをいただきました。 岩ノリがたくさん入っています。
井之上さんは、多趣味。ボウリング、カラオケ、ギター
日本スペインギター音楽協会に所属しておられるそうです。


松江市出身の演歌歌手小川たけるさんが、ステージで女形をやっている姿に一目惚れ。
店に出演してほしいと頼んだところ、ステージがないから無理と言われ、
小川さんのために、店内にステージを作ったそうです。まさに推し活ですね!



【左官職人が手がける、夢の詰まったガーデニング空間・「ことりこ園芸店」】
最後に訪れたのは、まるでヨーロッパの田舎町に迷い込んだかのような、おしゃれで可愛らしい佇まいの「ことりこ園芸店(ことりこデザインけんちく)」。オーナーの阿部悟さんにお話を伺いました。

2026年4月1日にオープンしたばかりのこのお店は、阿部さんが長年「いつか自分のお店をやってみたい」と描き続けてきた夢を形にした場所です。阿部さんの本職はなんと「左官(さかん)屋さん」。お店の建物や外壁、看板はもちろん、お庭のあちこちに散りばめられた装飾のすべてが阿部さんの手作りです。
漆喰を立体的に盛り上げて木や切り株を表現した「擬木(ぎぼく)」、さらにはモルタルを彫刻・着色して作られた手作りの鉢など、左官の技術が惜しみなく注ぎ込まれた空間はまさに圧巻の一言です。庭の一角には、手作りの可愛らしい流し台や、実際にピザが焼けるピザ窯、電気が止まってもご飯が炊けるかまどまで用意されており、大人の秘密基地のようなワクワク感が漂っています。



並んでいる植物も、県外の珍しい仕入れ先から集めた一点物や、国内で新しく開発された希少価値の高い品種(リュウジンボクなど)が多いです。
「花(植物)を育てることで、自然のサイクルや周期に気づき、すべての循環に感謝できるようになる。そんな気付きを皆さんに提供できるお店にしていきたい」と阿部さんは優しく語ってくださいました。
令和2年9月放送

【寄會神社(よりあい)】
神社の歴史に詳しい方にお話をうかがいました。
文政5年(1822年)から『寄會神社(よりあい)』と呼ばれるようになった神社です。
神有月に出雲大社に向かう前に八百万の神が集まる所、神々が休息する所、といわれているのが由縁だそうです。

今年行われた「とんどさん」の様子をまとめた資料を見せていただきました。

地域には、「おとさん」と言われる講(グループ)があり、
とんどさんの際には、金色の立派なお神輿がかつがれていたようです。
現在では、「おとさん」という講があったことを知る方も少ないとのことです。
文化8年(1811年)から使われているお神輿を見せていただきました。

毎年行われている神事ですが、残念ながら今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため
中止となりました。
来年、またにぎやかに開催されるといいなと思います。
(写真は2018年・2019年の様子です。)

【境往来】
境港と米子を結ぶ主要道路、昔のメインストリートです。
現在、人通りは少ないですが、風情があります。

【才の木】
地域の歴史に詳しい方々と待ち合わせし、お話をうかがいました。
以前訪れた際に見た立派な才の木は、倒木の危険性があるため、2009年に断腸の思いで切り倒されました。
境港市で現存する才の木は、外江と財ノ木だけ。
この地域の現在の才の木は2代目。初代の松かさから芽が出たものを移植したそうです。
当時20cmほどだった才の木も、約10年経ち、現在は人の身長を超える高さになりました、と嬉しそうに語ってくださいました。
才の木:村の入り口や道の分岐にあり、信仰の神木として大事にされてきました。

【芋代官碑】
飢饉が襲った時にサツマイモを取り寄せ山陰地方へ芋栽培を広めた代官、井戸平左衛門をまつる石碑です。
芋代官の石碑は、鳥取県内に12個あり、そのうちの11個は、弓ヶ浜半島にあります。
残りの1個は青谷にあるそうです。
一番古い石碑は和田町にある石碑で、1865年(芋代官没後100年)に、建立されました。

【ツリーハウス】
境往来沿いにある河端さんのお宅におじゃましました。
4年ほど前、息子さんの発案で、もともとあった3本の木を使って建てられたツリーハウス。
まさに、男の憧れです。

作ったのは、以前番組でお邪魔した大山町のJupitarian Hillの山ノ内さん。
お邪魔した際にこのツリーハウスのことをお話しされていました。
ツリーハウスに入らせていただきましたが、木の上にいることを忘れてしまうほど心地よい落ち着く空間でした。


【弓浜絣伝承館】
こちらは、県の施設の一つです。
2年ほど前から、弓浜絣保存会が管理されており、その中の手織工房藍慈彩(あじさい)が、この施設で活動されています。
昔ながらの絣織や、古くなった布を裂いて織り込む「裂き織り」の技法で、バックなどを作り、年に一度、米子高島屋で販売されています。
現在24名の会員が、地域の伝統文化を受け継ぎ、活動されています。

弓浜絣保存会では、会員を募集しています。初心者も大歓迎ということです。
興味のある方は、 弓浜絣保存会(ごとう絣店内) 0859-21-9063 まで
平成26年6月

左【庭の花々】
良い香りに誘われてみると、庭いっぱいに咲く花々を見つけました!
中【阿部美喜さん】
このお花を育てておられる阿部さんにお話を伺いました。120本で100種類ほどのバラがあるそうです。
右【バラの庭園の中で】
この庭園の手入れを手伝ってくれている大谷さんも交えてステキな空間でお話を伺いました。
元々は薔薇の好きだった旦那さんのために育てておられたそうですが、亡くなられた際に
薔薇を育てるのも止めようとされたそうです。
その時に、旦那さんの介護ヘルパーさんや看護士さんが、『毎年見に来るから頑張って』と言われて、今日に至るそうです。

左【松本愼介さん】
この地域を案内していただいた松本さん。松本さんはこの地区に住む方々の名前の由来に関しても色々詳しいそうです。
中【どこの○○さん?】
この辺りはアベ、ムラ、ササキと言う苗字が多く、“アベさん”と言ってもどのアベさんか分からないことから、
屋号で呼んでいたそうです。変わったものだと、『アメリカさん』だとか!どんなアメリカさんでしょうか・・?
右【屋号アメリカさん】
アメリカさんこと、武良さんです。武良さんの先々代がアメリカに住んでいたので、この屋号がついたそうです。
現在武良さんは高松神社の総代会長もされているそうですよ。

左【高松神社】
毎年とんどさんで大注連縄の作り替え行事を行っている高松神社。総代会長の武良さんも一緒に神社へ向かいました。
中【立派な注連縄】
神社で注連縄を拝見しました。とても大きくて立派な注連縄でした!この注連縄を一日で、地域の皆さんで
作るそうです。地域の連携にも重要な役割を果たす行事なんですね。
右【とんどさんの行事】
毎年とんどさんでは神輿が出るそうで、その神輿を商売をしている場所や、新築の家には神輿を屋内において
祝いをするそうです。この神輿は昨年の秋に修繕されたそうで、現在では修繕できる場所も減っているそうで、
今回の修繕は出雲の職人さんに依頼されたそうです。
修繕をされた方曰く、この神輿の作りは明治時代初期か江戸時代のものだとか。地域の宝として守って欲しいですね。

左【佐々木さん】
商店の店主、佐々木さん。この佐々木さんの祖父の弟さんが、カナダで柔道を広めた方なんだとか!
右【写真】
佐々木さんが貴重な写真を見せてくれました。講道館の創始者『嘉納治五郎』さんと、佐々木さんの祖父の弟の
佐々木繁孝さんを写した写真です。

左・右【安達京治さん・作品】
昆虫の竹細工作りをされているとの事で訪ねてきました。とても細かな作業でカマキリの脚は作られていました。
これからも色々な作品を作って欲しいですね。

左【高松の昔を語る会】
高松会館に多くの方が集まっていました。お話を聞いてみると、高松の昔を語る会で集まっておられるとか。
この会は毎月1回行われていて、今年で7年目だそうです。
中【高松の歴史本】
これまでの調べた高松の歴史を1冊にまとめた本です。高松町の全世帯に配られるそうです。
右【笛の音】
この会館の中にも笛の名手が居られたので演奏していただきました。

左・右【井上さん・ネギ】
農作業中の井上さんにお話を伺いました。このネギは年末に収穫するネギだそうで、この時期は夏ネギと冬ネギの
端境期だそうです。よく見かけるネギ坊主は種用ではなく、とり損ねたものなんだとか!種は買ってくるそうです。

左【阿部さん夫妻】
2009年に中海テレビの番組『ゆく年くる年』でお世話になった、阿部さんのお宅を訪ねてみました。
右【全日本チャンピオン】
なんと、奥様は2011年のボディービルダーの全日本大会でチャンピオンになられ、この写真はその大会時のものだ
そうです!すごいですね!!

左・中・右【趣味を満喫】
旦那さんは、今年退職をしてからは、離れの2階を工房で色々な作品を作っておられました。
ネイティブアメリカン風のカバンやアクセサリー、ベルトなど様々なモノを作られているようで、毎年奥様には
手作りのプレゼントを欠かさないんだとか!いつまでも仲良く元気にすごして欲しいですね!
平成17年9月



左【中浜】
佐斐神・幸神・財の木・小篠津・麦垣・三軒家の七つの町があり、およそ6000人の人々が暮らしています。
中【米子空港】
佐斐神町にある米子空港は旧日本海軍航空隊の飛行場として、昭和18年に開設され、現在は防衛庁が設置・管理する共用飛行場となっています。
右【航空自衛隊美保基地 広報館】
館内には旧日本海軍航空隊時代から現在に至るまでの貴重な資料や写真が600点も展示されています。



左【わたしたちのまちの20世紀】
中浜地域史編纂委員会によって、平成13年に発刊されたもので、中浜地区の歴史や文化などが
詳しく紹介されています。
中【才の木(黒松)】
才の木は村の入り口や、道の分岐点にあって、古くから庶民親交の神木として大事にされてきました。
財の木町の地名の起源につながるこの松の木は、「ポンポ松」とも呼ばれ、平成4年に境港市の文化財に指定されました。
右
才の木の前を南北に通るこの道は、境往来または外浜往来と呼ばれ、江戸時代以降、米子城下と境港を結ぶ大切な交通路でした



左【弓浜がすり伝承館】
こちらの展示室では綿花から絣の製品が出来上がるまでの工程や、昔使用されていた道具を見ることができます。
弓浜がすりはこの地域の特産品として見直され、昭和50年には国の伝統産業工芸品に指定されました。
中【誠道公民館】
昭和60年開催の「わかとり国体」前に一般公募で町の木(楠)や町の花(マリーゴールド)、誠道音頭踊り、誠道音頭太鼓をつくり、誠道町章もつくりました。
右【誠道町章】
市という単位での市章などはよく見られますが、町の単位での町章は珍しいということでした。