令和8年5月日野町菅福地区


【さつきの職人・小谷悦雄さん】
かつて国鉄の機関区に勤めていた小谷さん。
さつきとの出会いは24歳の頃、大根島方面から苗木を持ってきた人との出会いがきっかけだったそうです。その中にあった「白富士(しらふじ)」という、葉にも花にも美しい筋(ふ)が入る品種に一目惚れしたのが始まりです。


【さつきの魅力「花の咲き分け」】
白やピンク、赤など、一株の中に様々な色が混じり合って咲く「咲き分け」が最大の魅力と話してくださいました。剪定や芽摘みなどの技術次第で翌年の咲き方がガラリと変わるので、「まるで我が子を育てるように」
77歳になった今も手塩にかけて育てていらっしゃいます。



【奥深いさつきの世界】
小谷さんの庭には樹齢約80年を誇る見事なさつきの盆栽が。
見せていただいた図鑑には800品種ほどですが、世界には2,000〜3,000もの品種があるそうです。その奥深さが今もたくさんの人々を魅了し続けています。
花が見ごろは5月20日頃、まもなく花を咲かせるさつきの手入れに余念のない小谷さん。楽しみですね。

【黒鯉】
小谷さんが小さい頃からいた鯉も。



【日本一小さな「蔵」美術館】
平成16(2004)年にオープンし、20年以上が経過。(2026年5月現在)
小谷博徳さんが館長を務め、先祖代々受け継がれてきた貴重な美術品を一般に公開しています。
丸山応挙、尾形光琳、富岡鉄斎、渡辺崋山、雪舟、横山大観など、教科書に載るレベルの日本画の巨匠たちの作品がずらりと並んでいます。代々小谷さんのご先祖が集めてこられたそうです。本物かどうかは、今もよい意味での「歴史ミステリー」。
来館者を楽しませているそうです。


【伊藤博文の書と地元の偉人】
展示されている伊藤博文(初代内閣総理大臣)の直筆の書は、日野町黒坂出身のジャーナリスト「頭本元貞(かしらもとげんてい)」との縁で遺された本物です。英語が堪能で、伊藤博文の海外渡航時に秘書官(通訳)として同行した頭本氏が里帰りした際に、頼んで書いてもらったものと伝えられています。
何と書かれているのか、…よくわからないそうです(;^_^

【松平治郷(不昧公)の手紙】
松江藩主であり茶人としても名高い松平不昧公が、お付きの者にあてて「お茶」について気軽に書き綴った非常に珍しい手紙も保管されています。茶道の家元が一級品と認める貴重な資料です。
受け継がれる小谷家の甲冑
2階の「お江戸資料館」には、虫食いなどの傷みを修復しながら大切に守られてきた、小谷家のご先祖の立派な甲冑(家紋入り)も展示されています。
みなさんもご覧になってはいかがでしょうか。(10:00~16:00 拝観無料)

【大嫁地蔵(おおよめじぞう)】
漆原(うるしばら)集落の外れに佇むお地蔵様です。かつて集落内で結婚式があると、村の若者たちがこのお地蔵様を担いで新婚夫婦のお祝いに駆けつけたという風習があったそうです。そこから、いつしか「大嫁地蔵」と呼ばれるようになりました。



【竹工芸工房「アミババ(amiba+ba)」】
福岡出身の眞崎さん。大学時代に地域おこし協力隊として日野町との縁ができ、その後、大分県で本格的に竹工芸を学んだそうです。日野町にたくさんある「竹」という資源と、かつての温かい地域とのつながりが忘れられず、再びこの地に戻り3年前に工房をオープンされました 。
大分県の立派なマダケとは異なり、鳥取(川沿いや谷底)の竹は水分を多く含んでいて、しなやかで柔らかいのが特徴です。その特性を活かして、あえてフチのない柔らかなフォルムのカゴなど、独自のアイデア作品をたくさん生み出していますよ。周辺で採れる「ツル」を組み合わせた作品づくりにも取り組んでいるそうです。
竹細工というと「敷居の高いプロの職人仕事」というイメージがありますが、眞崎さんは「ナタ一本で身近な素材から、自分のほしいモノが作れる楽しさ」をみんなに広めたいと話してくださいました。そんな願いを込めて始めた教室ですが、通うみなさんが自由に発展させていく作品をみて、眞崎さん自身もいつも「すごいな、おもしろいな」と刺激を受けているそうですよ。


教室に通う生徒さん、
初めて1年以内、もともと工作が好き、身近な竹を活かせる活動を知ったのでチャレンジしてみようと、完成が楽しみと話してくださいました。
教室は毎月第1週の水曜・土曜(9:30~15:00)に開催しています
(問い合わせ:080-3998-9575)。
今では松江や米子、さらには岡山からも生徒が集まっており、ものづくりを楽しみながら、地域に新しい賑わいを生み出す温かい交流の場になっているそうです。


【大原安綱の足跡】
蔵美術館の小谷さんと再び待ち合わせて、案内していただきました。
線路の整備を行う特殊な車両の姿も。
平安時代の伝統的な刀匠であり、国宝「童子切安綱」の作者である大原安綱。
ここ菅福地区(上菅)は、安綱ゆかりの地。かつて菅野城があり、良質な「たたら製鉄(玉鋼)」の材料が手に入る地として栄えていました。

【花ノ御前(はなのごぜん)】
地域のために尽くし、村人から深く慕われていた安綱の妻です。かつては近くの「大原神社」にお祀りされていましたが、神社がなくなったため、現在は階段を上った先にある小さなお社に祀られています。
毎年7月には、地域の女性たちが中心となってお社の掃除をし、ごちそうを持ち寄って「花ノ御前さんのお祭り」を行う伝統が、今も途絶えることなく大切に受け継がれているそうです。
令和元年10月放送

【蔵美術館】
蔵美術館をされている小谷さんにお話を伺いました。
この蔵は江戸時代の米蔵だったそうです。平成16年に今の『日本一小さな蔵美術館』として再生されました。
こちらには地元作家の作品展示の他、ご家族から故人の作品を蔵美術館で飾って欲しいと300点ほど集まっているそうです。
2階に上がると、甲冑や陣笠、初代総理大臣伊藤博文や松平不昧公の書がありました!
どういった経緯でこちらにあるのかは「不明」とのことでした。
大阪万博に出品された法勝寺焼皆生窯の土瓶もありました。
この土瓶は万博後大津市の方が所有されていたそうですが、この近隣をドライブした際に蔵美術館に立ち寄り
「地元の作品は地元にあった方が良い」と松の置き台とともに玄関に置いて行かれたそうです。

【都合谷道標】
道路脇に道標がありました。この地域の歴史に詳しい矢田貝さんに話を伺いました。
かつてはこの地域にたたら場があり、色々な物資や作られた鋼を運ぶのに使われた道だそうです。
そのほかにも、上菅と福長の風習の違いなどを教えていただきました。

【あけび】
道路端に“あけび”があるとのことで、矢田貝さんに採っていただきました。食べるのは小学生以来です!
種は苦いので口の中で種と実を分けつつ食べて・・・ 種は吐き出します!(笑)

【秋の恵み】
賑やかな声に惹かれて集会所へ。そこには沢山の茸が!近くの山で採ってきたとのことでした。
千本しめじやほうきたけ(ねずみいで)、とても大きなニンギョウタケなど、普段では見かけない珍しいものがありましたよ!
集会所の中で茸を調理しているとのことで頂きました(^^)
高級食材“香茸”のおにぎりまで!「美味しいわ~」

【上菅駅記念碑】
軽便鉄道根雨線(伯備線)が開通当初、上菅には駅がなく菅福地区住民が駅の設置に尽力して上菅駅が出来たそうです。
この碑には駅が出来るまでの経過と村民の完成の喜びの声が刻み込まれているとのことです。
また、日野町からの委託を受けて毎朝近隣住民で駅舎を掃除されているそうです。

【菅福神社】
この地域の氏神様へお参りしに。神主の宇田さんにお話を伺いました。創建当初は「高宮大明神」だったそうです。
こちらには孝霊天皇・細姫命(くわしひめのみこと)など24柱<祭神>が祀られています。
大正9年に各部落の神社を合祀し、現在の菅福神社の名称となりました。