平成17年7月
左【門掛松】
樹齢170年くらい。左右にまっすぐ長く伸びています。
中【地蔵の里】
福定町内に散在していた地蔵を集めたのがこの場所です。歴史に残るような地蔵の里を作るために集められました。
右【余子公民館】
子供達がバランスボールを使い楽しんでいました。最近はスポーツ選手も親しんでいるそうです。
左【手作り雑貨「TOY・REVOLUTION」】
商品の大半が手作りのものです。
扱っているのはTシャツ、お香、雑貨など。趣味が高じて仕事になったそうです。
境港にも目を向けてほしい、米子からも買い物に来てほしいという思いがあるそうです。
中【合鴨農法】
こちらでは、合鴨農法を行なっていました。
合鴨農法は、生まれて間もない合鴨を田んぼに放つことにより、害虫や草を食べる鴨の習性を利用した農法です。
右【境往来】
江戸時代、境港から米子へ行く道を境往来とよんでいました。
この道は多くの人が行き来する道で、境港と米子を結ぶ江戸時代の幹線道路のようなものでした。
左【尼子時代の古戦場】
古戦場で亡くなった人を祀っています。
古戦場の名残があちこちで見られる高松町には塚が多くあり、町内の塚をここで祀っています。
高松町の人は、お盆になると殆どの人がこちらにお参りに来るそうです。
中【いちょうの木】
高松町のシンボル。
右【ふれあいの家の皆さん】
ふれあいの家はお年寄りの交流の場。高松町の皆さんが遊んだり歌ったりしていました。