クロストーク | 株式会社中海テレビ放送
CROSS TALK

開局から変わらないお客様への感謝

牧野
会社名の「中海テレビ放送」は、どのような想いで命名されたのでしょうか?
社長
私が入社したとき、すでに社名は決まっていました。
先輩から聞いた話では「米子ケーブルテレビ放送」に最初は決まりそうでしたが、エリアが米子市だけではないので「米子中海テレビ放送」の候補が出たそうです。そのときは、中海を「なかうみ」と読みましたが発起人で議論をしたり、有識者に相談したりして、最終的に「ちゅうかい」が力強いという理由から「中海テレビ放送」に決定したそうです。
牧野
言葉の響きの強さが決め手だったのですね。創業当時、社長はどのような仕事をされていたのですか?
社長
私は開局10ヶ月前に入社しました。当時は24歳でした。最初のミッションは1人もいない加入者を獲得することでした。創立一期社員は11名で、役員と一緒に開局準備をしました。まず会社のコンセプトやキャッチコピー、ロゴマークなどをつくり、開局が近づくと番組メニューと料金体系、課金システムなどの構築に携わりました。
曽田
営業部署は何名いたのですか?
社長
私ともう1人の2名でした。
代理店を募ることになって、鳥取県電器商業組合(地域の家電小売店で組織する組合)さんへの説明会を開催しましたが、これが大失敗。そこで自社で戸別訪問をすることになり、ローラー作戦の部隊を組織しました。しかし、これも失敗。営業経験もない未熟な私が中心でやることですから、やることなすこと失敗ばかりでしたが、開局して数年経つと色々なことがやっと分かってきて、私より若い社員の頑張りもあり多くの協力者に支えられた今の営業スタイルが確立されました。
[営業部] 広報課 牧野 衣里
[営業部] 広報課 牧野 衣里
[営業部] 営業一課 曽田 凜子
[営業部] 営業一課 曽田 凜子
清山
ご苦労が多かったと思います。そんな中でも嬉しかったことがありますか?
社長
はい、苦労も嬉しかったことも沢山ありました。当時は戸別訪問が基本で、100軒まわって1軒の加入があれば良いと言われていました。それほど大切な1軒なので、開局前後に加入してくださったお客様は今でもよく覚えています。当時からのお客様で、私が社長に就任したときに、数十年ぶりにお祝いの連絡をくださった方もおられます。本当にありがたいことです。
牧野
とても長いお付き合いの中で変わったこと、そして変わらないことはありますか?
社長
変わらないことは、この会社は加入者の方々に支えられていることです。こうして事業ができるのは地元の皆様のおかげで、深い感謝の気持ちは不変です。反面、変わったことは放送の画質が良くなったこと。最初は同軸ケーブルだけの伝送だったので、本社から離れるほど映りが悪くなり、技術部署の社員は本当に苦労していました。今はアナログからデジタルになり、同軸から光ファイバーになり、画像には絶対の自信を持っています。それに何より、お客様へのサービス内容、特に自主制作番組が飛躍的に充実しました。さらに通信事業、エネルギー事業も展開しています。
曽田
「中海テレビ」といえば、地元では知っている人がほとんどですが、開局当初は知らない人ばかりだったと思います。まず話を聞いてもらうために、意識したことはありますか?
社長
まず、その方との関係を掘り起こすことに心を配りました。当初、私は生まれ育った明道校区で戸別訪問を行いました。私の母は近所のスーパーマーケットで仕事をしていたのですが、私が息子だと知って加入してくださった方がいたり、時には知り合いの人まで紹介してもらったことも多々ありました。「近所を訪問するなら付いて行ってあげるよ」と、一緒に営業してくださったお客様もおられました。営業の仕事をしていると心が折れる事もあるけれど、そんなお客様たちに助けられ、奮い立つことが出来ました。
曽田
商品よりも自分を信用してもらう、それが大切なんですね。今、もし社会人1年目にもどれるとしたら、やってみたいことはありますか?
社長
唯一思うのは、英語の勉強かな。若いときから英語が話せたら、もっと楽しかったと思います。海外との仕事もあるので語学は勉強しておけばよかったと後悔してます。
牧野
私は大学生の時にハワイに2週間ほど留学しました。英語の授業をハワイの大学で受けたり、パールハーバーでボランティアをしたりと、ハワイの文化に触れることができました。とても有意義な経験だったと思います。
社長
コミュニケーションは、やはり自分の言葉でやりとりしないとね。これからは海外との仕事を広げることが多くなるので、特に英語、韓国語、中国語は学んでほしいと思います。
CROSS TALK

やりたいことを本気で想い続ける

清山
わが社を一言で表現すると、どんな会社だと思われますか?
社長
「日本一やり甲斐のある仕事が出来る会社」と言ってよい会社だと思います。「もし生まれ変わったら、どこの会社に入りますか」と問われたら、やっぱり今の仕事がベストですね。なぜなら大好きなこの地域と一緒になって成長できて、自分のやりたいことが何でもできるからです。
松本
やりたいことをするためには様々な知識を得たり、提案力を上げたりする必要もあって自由な反面、責任を伴うと思います。具体的にどうすればいいのか、アドバイスをお願いします。
社長
やりたいことを想い続ける、ありたい姿を想い続ける、その力を養ってください。単なる思いつきや自分のためではなく、絶対に地域と会社のためになると信念を持ち続ければ、最終的にきっと花が咲きます。わが社もそうでした。秦野前社長は開局前から「単に放送事業だけでなく、通信機能を有した双方向の地域ネットワークを構築して高度情報化を図り、ケーブルネットワークで結ばれた先進的な街を創る」と公言しておられました。あの当時、そんなことを思想とするケーブルテレビ局は全国にありませんでした。その熱い想いが、2000年のインターネット事業につながったのです。
松本
開局時からスタートダッシュで準備してきたからこそ、他局より早く通信サービスが実現したのですね。
社長
そうですね。皆さんも公私に限らず、やりたいことがあれば、その想いを実現するための努力をしっかり続けてください。今の延長で物事を考えるのではなく、ずっと先を見て10年後、20年後にどんな自分でありたいかイメージしてみてください。そのありたい姿を実現するために、5年後に何をしているか考えながら、一日一日を大切に過ごしてほしいと思います。
曽田
私は地元への想いがあって、就活のときから「若者に戻ってきてもらえる地域づくりをしたい」と、ずっと考えていました。こうしたリクルート活動などから学ばせてもらい、行動に移していきたいと思います。
中田
先ほど、社長が失敗談を話してくださいました。取り繕うことなく正直なところも、わが社の雰囲気だと思います。それに加えて「挑戦させてくれる会社」でもあると思っています。例えば私は、家電量販店でのイベントなどをまかせてもらえ、自分が考えた企画の実現に挑戦できています。
[放送事業本部] 報道部 清山 優希
[放送事業本部] 報道部 清山 優希
[技術部] システム技術課 松本 将太
[技術部] システム技術課 松本 将太
牧野
私は、SNSやインターネットなどが普及する中で「情報発信のあり方は変わっていく」と考えています。「こんな情報発信なら、より多くの人に伝わるかもしれない」と日々アンテナを張って、先輩たちの今までのスピリットを受け継ぎながら、若者ならではの感覚で新しいものにしていけたらいいのかなと思います。
社長
もう一つ、どんな役割も担えるのが中海テレビの社員だと思います。私は子どものころ、警察官や教員になりたかった。それが今、ネットワークを通じて社会の治安を守る一役を担い、教育に関する番組も放送しています。カタチは違っても夢は叶えられるので、柔軟にチャレンジしてほしいですね。皆さん、何かやりたいことがありますか?
松本
技術部内で新入社員のリクルートのことを話し合ったことがあって、ゲームチームをつくる提案をしました。eスポーツ事業を始めたり、中海テレビのキャラクターをバーチャルユーチューブで発信したりしたいです。そしてゲーム大会優勝、ユーチューブ登録者の何十万人突破など、成果を出すための研究を詰めていきたいと思っています。
社長
社内には野球、ゴルフ、フットサルなどの同好会があるから、eスポーツもいいですね。「やりたいけれど、どうしよう」と思ったら、ぜひ一歩を踏み出してください。自分一人で難しいなら、仲間と一緒でもいい。プレゼンも大切なので、イメージが湧くようにプロトタイプを制作したらどうでしょう。
曽田
社長は何でも前向きですね。それに、いつも笑顔のイメージがあります。秘訣は何ですか?
社長
そんな風に思ってもらえると嬉しいです。妻からも「人生楽しそうだね・・・」と言われます。でも、もし、笑顔が少なくなったら「社長!ご飯に行きましょう!」と声をかけてもらうと喜びます(笑)。
中田
私たちも笑顔の先輩になって、これから入社する後輩を迎えたいですね。
CROSS TALK

多様な人が入社してこそ強くなれる

清山
どんな資質や能力をもっている人に入社してほしいですか?
社長
目の前に同じものがあっても、ある人は「ふ〜ん、こんなものか」と感じ、ある人は「すごく面白い!」と感じます。どちらが幸せかと言えば後者で、面白いことを見つけられる人がいいですね。どんな分野でもいいので、面白がる感性を持った仲間と仕事がしたいです。
牧野
たしかに興味があることは響きます。じつは今、中国の俳優さんにはまっていて、中国語を少しずつ勉強しています。まだ喋れませんが、ドラマは中国語字幕があれば理解できるようになってきました。
松本
私は、社長の話を聞いて英語の勉強をしようと思いましたが、自宅に帰ったらゲームをしているかも・・・。それに飽き性なので、すぐに別の物事に手をつけてしまいます。
中田
それはきっと飽き性ではなく、いろんな事を面白がっているんだと思いますよ(笑)。
清山
取材に行くと、自分の知識の守備範囲外であることが多々あります。それを聞き取って終わりではなく「なぜだろう?」と問い続けることが、面白がることにつながると思いました。
中田
営業部署なのでお客様と会うことが多く、人にすごく興味があります。人って本当に面白いです
曽田
私も同じで、人を観察するのが大好きです。一人ひとりの個性をじっくり見ると面白いなと思います。
社長
最近、「生物多様性」の勉強をしていて、とても面白いですよ。「生物多様性」って知っていますか?
清山
いろんな生物が相互作用によって、全体的にいい方向になるんですよね。
曽田
農業では、1種類の植物を同じ畑で繰り返し栽培すると、病気になりやすいという障害が発生してしまうそうです。そこで収穫後に異なる植物を栽培すると、病気の発生が減少することを大学で勉強しました。
社長
そうなんですよ。全ての生物、植物も、そして人も、多様なほうが強くなれると考えています。入社してくれる人も、いろんなタイプがいてほしいです。ただ、共通点は面白がることと、最低限のルールとして嘘をつかないこと。嘘をつくとコミュニケーションが成り立たないので。一本しっかりと自分の軸が立っているような人も歓迎したいですね。今日は、皆さんの多様な面を知ることができ大変有意義でした。
中田
社長の話は、成功体験というイメージがありました。でも、今日は失敗談も聞けて、若いころのご苦労や前社長への感謝など、多様な側面を知ることができました。また、色々とアドバイスもいただき、ありがとうございました。
松本
私はeスポーツの相談ができ、社長から「やってみなさい。行動しなさい」と言われて勇気をもらいました。さっそく行動してみようと思います。
牧野
今日の中海テレビの土台に先輩方の努力や想い、情熱があることを改めて知りました。地域に根ざした土台を守って、さらに良くしていきたいです。時代に合ったカタチで、さらに新しい上の段階を構築していくために、何ができるかを考える機会にもなりました。
清山
地域貢献と面白がって仕事をすること、それを大事にしようと思いました。これからも今日の言葉を糧に、自分の軸をしっかり持って業務に励みます。
曽田
やりたいことを想い続けて、それを実現するために逆算し、今できることから行動するという話が、すごく心の中に残っています。私はやりたいことが決まっているので、実現するためにはどうしたらいいのか、考えていきたいと思います。また、社長の笑顔の秘訣が「楽しむこと」と聞いて、私も笑顔でいられるよう、これからも楽しんで仕事をしていきたいと思います。
社長
10年、20年、そして30年後、さらに素晴らしい会社に成長するために、皆さんは会社に対して発言する権利があります。ミッションステートメントである「地域をつなぐ未来へつなげる」を胸に一緒に前進していきましょう。今日はありがとうございました。楽しかったです!
[営業部] 営業一課 中田 智也
[営業部] 営業一課 中田 智也
トーク写真
加藤 典裕(かとう のりひろ)
鳥取県米子市出身
【1989年入社】   代表取締役社長
松本 将太(まつもと しょうた)
鳥取県境港市出身
【2020年入社】[技術部] システム技術課
中田 智也(なかだ ともや)
鳥取県米子市出身
【2020年入社】[営業部] 営業一課
清山 優希(せいやま ゆうき)
鳥取県米子市出身
【2020年入社】[放送事業本部] 報道部
曽田 凜子(そた りんこ)
鳥取県米子市出身
【2021年入社】[営業部] 営業一課
牧野 衣里(まきの えり)
広島県広島市出身
【2021年入社】[営業部] 広報課